『北海道 炭鉱遺産』 KEN五島さんの写真集

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 1月28日から2月2日まで(10時~7時)、
大通6丁目の富士フィルムフォトサロン札幌で展示されている、
KEN五島さんの写真展「北海道 炭鉱遺産」、
全紙25点、全倍2点を、やっと今日見てきました!
何年か前、東京汐留での展覧会を見そびれていました。

 今の私には買えないけど、展示されてた写真は、
価格としては高くはないのです(全紙6万、全倍15万)。
写真集を1冊購入。2冊買いたかったけど・・・。

 パソコンで画像をみるのも、印刷の本のも、写真は好きですが、
生の写真は、もっともっと好き!
やっぱり全然ちがうんです。
出会った感、がある!
今、ここに、1枚の写真があって、対面する私が居て・・・。

 ドラマやポエジーを感じられるのなら、
どんなジャンルの写真にでも感激しちゃいますが、
自然や建築に惹かれるかなぁ。
動力機械も好きです。

 炭鉱・・・・
 わたし、中学・高校は静岡でしたが、静岡でその時の担任の先生は、
幌内炭鉱出身でした。
 大学卒業してから、新卒で就職したのは、東京の代ゼミ代々木本校で、
事務職員に滝川高校出身者が多く、赤平炭鉱に子どもの頃住んでいたという人と、
友達になりました。
 札幌に来て古物商になってから、よく話をしていたかたは、
沼田の昭和炭鉱出身でした。

 そんなわけで、閉山した炭鉱の写真にも惹かれます。

 1987年には、幾春別の奔別炭鉱跡と、むかしの奔別跡に行ったことがあります。
まだ映画館の建物があったころです。

 この写真集では、その奔別炭鉱の、
筆文字の「奔別」というプレートが、薄く吹雪に煙る写真が、
胸に沁み入ります。これがお目当てで、展覧会にきました。
P.115

 思いがけなく、昭和炭鉱の写真にも出会えて、驚きました。
いちばん好きなのは、
昭和炭鉱住宅をセスナ機から撮影した写真。
夏、緑深い谷間に、かつては立派だった住宅棟が残ってる写真です。
P.106

 その写真を見ながら、その住宅に昭和38年まで住んでいたという、
Oさんに電話しました。昭和炭鉱は1969年(総和44年)閉山。

 話では、栄えていたその炭鉱(昭和炭鉱は、明治鉱業)の住宅は、
昭和30年代に、すでに水洗トイレ化していたのだそうです。山の中ですよ、すごいですね。

 沼田町の昭和というところは、地名だけなら今でも残っています。
地図で見ると、留萌からずっと内陸に入った、すご~い山の中です!

 写真集には、昭和炭鉱の隊道マーケットの写真もあり、
豊口商店、中岡商店という看板も見えたので、
電話中に、そう伝えたら、
その豊口商店は同級生の家・・、懐かしいネ・・・と、
言われました。

 「懐かしいね」という言葉をきいたので、
この写真集は、Oさんに、送ってみようと思います。

 華やかだった頃をを知ってる人に、
炭鉱跡が朽ちて、自然の一部になっていく写真を、
いきなり送りつけるのは、どうかしら?と、思えたからです。

過去の遺産というよりは、
風景に溶け込んで、
今なお、生きている、といったコンセプトの写真ですが・・・。

 生きて、そして地に帰っていく。

 Oさんは、昭和炭鉱に住んでいただけに、
この写真を撮影するのは、
並大抵の苦労じゃなかったはず・・・と、
言っていました・・・。

 この写真集は、126ページ。

KEN五島=五島健太郎さん http://kengoshima.com/
自然と産業建造物の融合、「産業的自然」(インダストリアルネイチャー)を追求。

 展覧会に行かれない方や、写真集を見れない方は、
お時間有るとき、気が向いたとき、
五島さんの上記HPにアクセスしてくださいネ。
昭和炭鉱、奔別炭鉱の写真の大半が見れますヨ。(*^^)v
 
 どの炭鉱遺産も、負のイメージっぽく無いです。
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